高度成長の時代になると、東京には「集団就職」などで大量の人口が流入します。
その窓口となったのが、「北の玄関口」であり、「終着駅」であった上野駅でした。
当時、お盆と暮れの時期になると、上野駅公園口には「テント村」が出現したのだそうです。
ふるさとに帰省する、膨大な数の乗客をさばくためにテントが設置され、人びとはそこで列車を待ったのだとか。
列車待ちの時間つぶしに、人びとは上野の街に繰り出し、買い物をします。
これらの人びとの消費行動が、現在も続く「アメ横」の形成に大きく影響しているのだそうです。
たとえば、故郷へのお土産に「新巻鮭」などのお正月用品を買う人が多かったことが、
今も年末にテレビ中継される「アメ横の雑踏」につながっています。
列車を待つあいだ、新年に備えて上野の街で靴を新調……こんな人も多かったようです。
そのため、アメ横界隈に靴の専門店が集中するようになったのです。
高度成長期が終わっても、「珍しいもの」「舶来のもの」を探すならアメ横! という時代はかなり長く続きました。
インターネットが普及し、輸入雑貨店が身近になった現在でも、あの威勢のいい呼び込みの声、独特の活気を味わいに、つい足を運んでしまう……そんな方も多いのではないでしょうか。
時代に合わせて姿を変えながら、今も賑わい続ける「アメ横」。
「しばらく行っていないな」という方、また遠方の方も、機会があればお出かけしてみるのはいかがでしょうか?
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