少年は野山をうろつくことが大好きだった。あるとき少年は、薄暗い森の中で、魔女のような化け物が何匹もたたずむのを目にしてふるえあがり、家に逃げ帰った。その日あったことを親にも話せず、夜寝床に着く前に便所に行き、ふと汲み取り式の便器の下に目をやると、そこに昼間森で見た化け物が漂っていた…。
野草を紹介した地方出版社のとある本に書かれていた、本の著者の幼少期のエピソードです。ここで語られている「化け物」というのは、薄暗い林に生えるマムシグサのこと。
マムシグサは、サトイモ科テンナンショウ(天南星:Arisaema、英語ではCobra lilyとも)属の一種。テンナンショウの仲間は世界に150~200種、日本には30種ほど(変異や亜種が多数あり)が自生しています。コンニャク、ミズバショウも近縁です。漢字では「天南星」。あの、全天でシリウスの次に明るい恒星カノープス(布良星)のこととも、夜空に広がる星の意味をあらわし、特徴的なヤツデのように広がる鳥足状複葉を、星が広がる様にたとえたもの、とされています。
テンナンショウという属名は、漢方薬が由来。
マイヅルテンナンショウ、ムサシアブミ、マムシグサ、コウライテンナンショウなどの塊茎を輪切りにし、石灰でまぶして生成します。サポニン、安息香酸、デンプン、アミノ酸などを含み、
去痰、鎮静、抗痙攣などの作用があり、中風、破傷風、熱性痙攣などに使用されます。
また粉末を傷に塗ると、鎮痛効果や殺菌効果があるとされ、かつては家庭でよく使われていたとか。
この毒性をかつて便所が水洗ではなく汲み取り式がほとんどだった頃、農家では便槽に湧く害虫駆除のためにマムシグサを根ごと引き抜き、便槽に放り込んで殺虫剤として使用していました。子供たちにとっては昔のトイレはそれでなくても恐怖の場所で、そこに奇怪なマムシグサが浮んでいたら、さぞ怖かったことでしょう。似たような思い出を、年配の方たちが語っていました。