美しい立ち姿に未来や希望が感じられます
タチアオイ(立葵、Hollyhock)は、アオイ科の多年草。原産地はヨーロッパの地中海沿岸から中近東、そこから東アジアに伝播して、日本には中国から薬用植物として持ち込まれたのが栽培の始まり。中国では「蜀葵(しょくき)」の名で知られ、漢方薬の蜀葵根(しょっきこん)として胃腸薬や利尿剤として用いられましたが、日本では主に観賞用として、華やかな色の園芸品種が盛んに造られるようになり、長くめでられてきました。赤やピンク、白の大きな元気のいい花を縦列に咲かせていく姿は、梅雨時のどんよりした空気に華やぎを与えてくれます。
のどかな田舎の沿道や農家の垣根、町家の軒下などに隊列のように咲いている姿を以前はよく見かけ、印象深い風景だったのですが、どうも最近以前ほど人気がないのでしょうか。あまり見かけなくなり寂しく感じます。
花のついた茎は人の背丈以上になり、日差しを求めるようにぐんぐん上に伸びるその姿から「仰日」(あふひ)と呼ばれ、それがアオイに転じました。「あふひ(葵)」を「会う日」に掛けて万葉集にはこんな歌が。
梨 棗(なつめ) 黍(きみ)に 粟(あは)嗣(つ)ぎ 延(は)ふ 田葛(くず)の
後も逢はむと 葵花(あふひはな)咲く (巻16-3834 作者未詳)
果物や作物が実る季節になるのに恋人に会えない。いつか会う日を思ってのように葵の花が咲いている、といった意味でしょうか。
何と五万年前のイラクのシャニダール洞窟の中、ネアンデルタール人の埋葬地にも、人骨と共に赤いタチアオイが発見され、死者を悼む葬送にこの花が用いられたらしい、と考えられています。ネアンデルタール人を「人類」というのかどうかというと諸説あるかと思いますが、空に伸びて次々と咲いていくその姿が、古くから未来や希望を感じさせ、心の痛みを癒してきたのではないでしょうか。