森のキツツキ:この音に魅せられました
啄木の本名は「一」と書いて「はじめ」。生まれたのは岩手県の日戸(ひのと)村という小さな村でした。1歳の時に啄木が終生「ふるさと」と呼んだ渋民村にやって来ました。父親が渋民村にある宝徳寺という曹洞宗の寺の住職になったからです。その宝徳寺周辺の林にいるキツツキの立てる音に心を奪われて、17歳の時にキツツキについての14行詩を書いています。そして漢字表記の「啄木鳥」から2字をとって、雅号を「啄木」としたそうです。それまでは「翠江」、「白蘋」というみやびな名前をつかっていたのですが、日本の歌人たちからは鳴き声や姿形ともに、美しいとは賛美されない鳥であるキツツキを選んだ理由を問われて、
「鬱蒼とした林の中から啄木鳥が木の梢を叩く音は古代の木霊のようで本当に愛すべきものだ。いつもこの響きを耳にしては慰めとして、どんなときにも清々しい気分になり、心を洗われたようにして歌を作った」
と答えたそうです。
ふるさとの豊かな自然のなかで育った啄木にとって、キツツキの木々の間に響く音は創作の源泉だったのですね。幸せな少年時代を過ごした渋民村に郷愁をいだき続けたのも理解できます。