北上山地
まずは宮沢賢治の世界へ。『薤露青』という作品をご紹介します。「かいろせい」または解説者によっては「かいろブルー」と読みます。この色の名は、賢治の造語です。
薤露青 一九二四、七、一七
みをつくしの列をなつかしくうかべ
薤露青の聖らかな空明のなかを
たえずさびしく湧き鳴りながら
よもすがら南十字へながれる水よ
岸のまっくろなくるみばやしのなかでは
いま膨大なわかちがたい夜の呼吸から
銀の分子が析出される
……みをつくしの影はうつくしく水にうつり
プリオシンコーストに反射して崩れてくる波は
ときどきかすかな燐光をなげる……
みをつくし=みおつくし(澪標)の意味は、航路、または水路の標識のこと。古歌では「身を尽くす」という意味の掛詞でもある、含みの深いキーワードです。少年時代から賢治に強い関心を抱いてきたという吉本隆明は、この作品が賢治の死後に草稿の形で遺されていた『銀河鉄道の夜』と照合すると解説しています。
隆明によると、プリオシンコーストは、『銀河鉄道の夜』で主人公のカムパネルラとジョバンニが列車から降りて、銀河の流れに向かう場所のこと。この南十字星は、ジョバンニがもっているどこへでも行ける切符で行くことができる、究極の理想の場所を指している。『銀河鉄道の夜』では、銀河はこの南十字に向かって流れている…
難解とも言われる宮沢賢治の世界観ですが、隆明の解説は糸口になりますね。隆明は、「賢治の感覚は北方的。東北的であったり、蝦夷的であったり、もっといえばアイヌ的であったり」と示し、「アジア的な社会になる前の日本列島にいた人々の感覚にたいへんよく似ており」、「自分と自然とが一体となって溶け合っている感覚」と語ります。(引用:吉本 隆明『宮沢賢治の世界』筑摩書房)